親愛なる読者の皆様方、ごきげんよう。
自他ともに認める「歩くマナー講座」こと、杉山です。
先日、いつものように優雅なステップで教室に入り、生徒たちの様子を眺めていたときのことなんですが、改めて『自分は教育界のココ・シャネルだな』と思ったのは、僕の美意識が、ある「違和感」を鋭敏にキャッチしてしまったからなんですよね。
一人の生徒が、登校するなり、ドサリと自分のカバンを机の上に置いた。
その瞬間、杉山の脳内では緊急サイレンが鳴り響き、国連安保理が招集されるレベルの緊張が走リマしたが、これ、いわゆる一つの「B・O・D(バッグ・オン・ザ・デスク)事案」です。
僕はこの「B・O・D」に対しては、かつてないほどの熱量で、それこそスティーブ・ジョブズがiPhoneのベゼルの幅にこだわった時と同じくらいの情熱で、「カバンを床に置きなさい」と指導します。
なぜなら、机というものは、これから君たちが知識という名の武器を磨き、知性の翼を広げるための「聖域」だからです。
考えてもみてほしいのですが、例えば君たちが将来、彼女の家に招かれたとして、通されたリビングのテーブルの上に、自分の薄汚れたリュックを「ドンッ!」と置くでしょうか?(いや、置かない。絶対に置かない。もし置いたとしたら、その恋は終了し、お父さんが出てきて塩をまかれるだけだ)
あるいは、就職の面接に行って、面接官の目の前のデスクにカバンを置くでしょうか?
もしそんなことをすれば、面接官はこう思うでしょう。
**こ**
**い**
**つ**
**は**
**ヤ**
**バ**
**い**
と。
もちろん、世界は広いですからね。僕の知らないルールも存在するかもしれない。
例えば、そう、医療現場のドラマで見るような「緊急オペ」の最中なら、あえて高い位置に器具を置く必要があるのかもしれません。「メス!」「汗!」「カバン!」みたいな感じで、清潔を確保するために机の上に置くことが、医学的に推奨されている可能性も、ゼロではない。(いや、どう考えてもカバンは不潔だろというツッコミは一旦飲み込むとして)
しかしながら、ここは無菌室でもなければ、君たちはブラック・ジャックでもない。
ここはNiCO塾であり、君たちはこれから社会という荒野へ旅立つ若き戦士たちなわけですが、だからこそ杉山は、心を鬼にして言いたい。
「床を信じろ」と。
床は、君たちのカバンを受け止めるために存在している。地球の重力に従い、カバンを床に置くことこそが、最も自然で、最もエレガントな振る舞いなのです。
……とまあ、ここまで偉そうに「マナーの伝道師」として語ってきた杉山ですが、ふと我が身を振り返ったとき、「あれ、先週カフェでカバンを隣のイスに置いて、店員さんに『他のお客様のために……』って注意されたの誰だっけ?」という記憶が蘇り、冷や汗が止まらなくなったことは、ここだけの秘密にしておきたい。
結局のところ、僕自身もまた、マナーという名の終わりのない旅の途中にいる迷い子に過ぎないのかもしれません。
いずれにせよ、人の家でも、職場でも、面接でも、カバンを床に置ける人間は、人生の基盤もしっかりしている。そう信じて、今日も僕は口うるさく指導を続けるのです。
というわけで、机の上にはカバンではなく、夢と希望とテキストを広げてほしいと願う、杉山のNiCO塾では、現在、マナーも学力も向上させたい生徒を募集しています。
すぎやまのNiCO塾
お問い合わせはこちらまで。君のカバンの置き場所から、人生の置き場所まで、一緒に考えましょう。




