親愛なる読者の皆様方、そして受験という名の荒野をさまよう迷える子羊たち
……いや、あえて言わせてもらいましょう、「未来の納税者諸君」。
今日は、日本を代表するジェントルマンであり、常に「知の最前線」で戦い続ける僕、杉山が、君たちの偏差値を爆上げする「真理」について語ろうと思うのですが、実を言うと今の僕は、深夜に食べたカップ焼きそばの湯切りを失敗し、シンクに麺をぶちまけるという「麺折(めんせつ)」を経験した直後で、精神的なダメージが甚大なわけです。
しかし、そんな絶望の淵に立たされてもなお、僕はペンを……いや、キーボードを叩かざるを得ない。なぜなら、受験を1年後に控えた君たちに、どうしても伝えなければならない「崇高なメソッド」があるからです。
それが、「量質転化(りょうしつてんか)」という名のプロフェッショナルの流儀です。
よく「効率の良い勉強法を教えてください」とか「質の高い学習をしたいです」なんて抜かす甘ちゃんがいますけど、はっきり言って、そんなものは「存在しない」と断言せざるを得ません。
僕を見てください。僕はこれまで、膨大な時間の雑談をし生徒の笑いを撮りに行き、膨大な量のスベリを重ねてきたわけですが、それはすべて「質」を凌駕するための「量」の積み上げだったわけです。
いいですか、お前ら。
「質」というのは、「量」という巨大なピラミッドの頂点に、ほんの数グラムだけ生成される「純金」のようなものなんです。
つまり、
1
0
0
0
回
の
無
駄
の先にしか、「質」は宿らないのです。
数学の問題を1問解いて「質が高かったな」と満足している暇があったら、まずは100問解いて、脳みそから煙が出るまで「量」をぶち込みなさい。
この「量をこなすことで、ある瞬間に突然質が向上する現象」を、僕は敬意を込めて「リョーシツ(量質)」と呼んでいるのですが、このリョーシツを経験するためには、とにかくペンを動かし続けなければならない。
僕もね、以前、海外のカフェで「仕事の質」を上げようと思って、カッコつけてMacBookを開いたことがあったんですけど、英語で「コーヒー、ホット」が通じなくて、結局30分間、店員さんと見つめ合ったまま何も書かずに帰ってきたことがありました。(あの時の店員さんの『何だこの東洋の置物は』という視線、今思い出しても震えますが、それもまた『量の蓄積』の一つなんです)
中学生・高校生諸君。
君たちは今、「この勉強に意味があるのか?」と悩んでいるかもしれない。
でも、その悩み自体が「量が足りない証拠」なんです。
無心で、狂ったように、周りから「あいつ、受験の化け物」と呼ばれるまで、量をこなしなさい。
そうすれば、1年後、君たちの手元には輝かしい「合格」という名の質が残っているはずですからね。
というわけで、杉山はこれから、シンクに散らばった麺の回収という「事後処理(コンプライアンス)」に勤しまざるを得ないわけですが、君たちは僕を反面教師にして、机に向かいなさい。
いいですね?
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次は、君が効率的な学習スケジュールを立てるお手伝いをしましょうか?




