「ご予約のお名前、よろしいでしょうか?」
この質問が、俺を最も緊張させる瞬間である。
合コンでもない。
面接でもない。
プロポーズでもない。
予約の電話だ。
お店に電話をかけ、「あ、19時から3名でお願いしたいのですが……」と、
どこまでも普通の会話を交わしたのちに飛んでくる、
このシンプルかつ避けがたい問いかけ。
「お名前は?」
来た。
来やがった。
逃れられぬラストボス。
俺はこの瞬間、毎回、こうつぶやく。
「神よ、今日こそ伝わりますように……」
「スギヤマです」と告げる。
が――
8割の確率で、こう返ってくる。
「……クリヤマ様ですね!」
誰だよ。
俺は、クリヤマじゃねぇ!!!
いや、クリヤマさんをディスってるわけじゃない。
むしろクリヤマさんには罪はない。
あるのは俺の滑舌のほうだ。
でもな、あまりにも多いのだ。
「スギヤマです」が「クリヤマ様ですか?」に変換される現象。
これはもう、ただの聞き間違いではない。
これは、“現象”である。
科学でいうところの「摩擦」みたいなもので、
あるいは歴史でいう「フランス革命」みたいなもので、
俺はこの現象に、正式な名前を与えることにした。
その名も――
クリヤマ問題。
もう何十回このやり取りをしたことか。
「スギヤマです」
「クリヤマ様ですね?」
「……いえ、スギヤマです」
「ス、スギヤマ様……申し訳ありません」
このやり取りがスムーズに進まないことによって、
予約の電話に平均+17秒が加算され、
俺の人生の総寿命はすでに3時間24分ほど削られている。
ちなみに、だ。
「スギヤマ」という名前、そんなにマイナーか?
と思って調べてみたら、福岡県内でのスギヤマ密度、かなり薄い。
もしかして俺、
「スギヤマ」という名前で生きていると思っていたけど、
福岡というエリアにおいては
“認知されていない仮名”みたいな扱いなのでは?
逆に「クリヤマ」は福岡限定で激強なのか?
もしや、俺が住んでいるのは、クリヤマ自治区・福岡なのか?
……そんな不安にすらなるのだ。
でもな。
ここで全てを「俺の滑舌が悪いから」と片付けるのは、ちょっと違う気がするんだ。
俺の「スギヤマ」は、「ス」がやや湿り、「ギ」が時折かすれ、「マ」が不安に震える。
……うん、やっぱり滑舌かもしれん。
だが!
それでも俺は、胸を張って言いたい。
「スギヤマです」って言ってんだろうがああああ!!!
俺は、クリヤマじゃない。
カリヤマでもない。
スガヤマでも、ウエヤマでも、オオヤマでもない。
俺は、ス・ギ・ヤ・マだ。
今日も、電話越しに戦う俺がいる。
電話の向こうの人が「クリヤマ様ですね?」と言った瞬間、
俺は、己のアイデンティティを、全力で叫ぶ。
「いえ、スギヤマです!!!!!」
――このブログを読んだすべての人にアンケートを取りたい。
もうアイデンティティ捨てて、名前をクリヤマに改名してもいいですか?