俺がこの塾を創業したとき、心の底にあったのはシンプルな思いだった。
「勉強を通して、生徒に自信を手にしてもらいたい。」
そしてその自信を胸に、社会に出ていってほしい。
なぜなら、俺自身が“勉強”というものに救われたからだ。
学生時代、勉強を通じて感じたのは、
「自分って、なんだってできるんじゃないか」という、
いわば“根拠のない自信”だった。
でもその“勘違い”が、どれほど人間を強くするか、俺は知っている。
だから俺はこの塾で、生徒たちにもその体験をしてほしいと思った。
お前ってすごいぞ。
そして、隣で頑張ってるあいつもすごいんだぞ。
――それを、勉強を通して伝えたい。
これが、俺の原点だ。
けれど30代後半になって、もうひとつの思いが生まれた。
「この仕事は、もっと大きなところまでつながるんじゃないか」と。
つまり――
俺たちの仕事が、最終的に日本を良くする方向に行くんじゃないか。
日本は「失われた30年」と呼ばれて久しい。
考えてみたら、俺が物心ついたときから、
日本は“失われっぱなし”だった。
だから最初は気づかなかった。
これが“普通”だと思っていた。
でも24歳のとき、シンガポールに行った。
あの瞬間、違和感が胸を刺した。
物価は日本の1.5倍。
街はエネルギーにあふれ、人が前を向いていた。
そして去年行ったオーストラリアでは、物価は日本の2倍以上。
カフェのモーニングが、俺の昼食代×2だった。
オーストラリアは本当にいい国だ。人も優しいし、自然も豊かだ。ディスるつもりなんて1ミリもない。
でも――
日本だって、いい国だと思うんだ。
俺は14歳と20歳のときにもオーストラリアに行った。当時は物価なんてほとんど変わらなかった。それが今では、倍以上の差がついている。
アメリカも、ヨーロッパも同じ。
日本だけが、“ずっとしゃがんでいる”。
そして、これから少子高齢化はさらに加速する。
GDPのランキング上位に戻ることは、もう難しいだろう。
でもな。
一人あたりのGDPや、“一人あたりの幸せ”なら上位を目指せる。
俺はそう信じている。
この30年、日本はずっとしゃがみ続けてきた。
でもしゃがむってのは、次に跳ぶ準備でもある。
のびしろを、たくさん用意してきたとも言えるんじゃないか。
だから俺は思う。
日本をどうにかすることは、俺ひとりにはできない。
でも、目の前の仕事を一生懸命やることで、
将来の日本を担う若者を育てることはできる。
それが俺の“仕事の理由”だ。
勉強を通じて、誰かが自信を持つ。
その自信が、社会のどこかで次の誰かを動かす。
その連鎖が、いつかこの国をもう一度立ち上がらせる――。
だから俺は、今日もこの仕事を続ける。
生徒たちに「お前はすごい」と言い続ける。
その言葉の先に、まだ見ぬ日本の未来があると信じて。




